*女神転生 Яe-biRth*
序章


*保科 将行*

暗い。
いや、闇と言っても過言では無い。
月のない夜。
灯りを落とされた道場で保科将行は真っ直ぐ正面を見据えていた。
「如何なるものをも斬ってみせよ」
という師匠の言葉通り、左手には真剣が握られている。
膝を少し落とし、ゆっくりと刀を腰に添え、感触を確かめながら柄を強く握る。

…冷たい…

外気を吸った鉄は、一瞬熱さを覚えるほどに鋭い寒気を持っていた。
死の感触、というモノが存在するならば、これに近いのかもしれない。
だが、すぐにそんな事を考えた自分を戒める。

…ダメだ、何も考えるな…

師匠から教えられたはずだ。
身体と呼吸と意識を一つにしろ、と。
どれか一つが欠けたとしても、本来の「居合い」の力は出せない。

その力を見るための仕合いなのだ。
一切の暗闇の中で、気配を感じ取って攻撃する。
そんな幻想の世界の出来事が可能だとは、将行自身思ってもいなかった。
だが、現に師匠はそれを体現している。
まだ習い始めの頃、師匠に不意打ちでも一本が取りたくて、悉く返り討ちにあったことが思い出される。

…やめろ、こんな思い出…

いつの間にか手に汗をかいている。
湿気を吸ったのか、先ほどまで感じなかった柄、刀の重さが手にのし掛かってくる。
それを意識した瞬間、足にも同じだけの重さが感じられた。
続いて膝、腰、肘、肩、首…あらゆる場所に重圧が掛かる。

「まだ青い」

不意の言葉に、将行は反射的に飛び退いた…いや、飛び退こうとして、目を疑った。
首もとにわずか数ミリを残して、闇夜に白刃が刺さっている。
その光の先にシワの深く刻み込まれた顔がある。
一歩でも動けば、そのまま頸動脈を斬られる…殺気の籠もった顔だった。
その表情がゆるみ。

「ま、マシにはなってきとるな」

刃がすぅっと引かれる。
一体いつ斬り付けられたのかも分からなかった。
この「強さ」に辿り着けるのはいつの日なのか、まだ答は見えそうにもない。


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