*女神転生 Яe-biRth*
序章
*池上 龍之介*
「どうしても無理なのか?」
「すみません、鳥渡先輩」
怪訝な面持ちで伺う男性の顔を真正面から見据えて、池上龍之介は短く返事をした。
「…ふぅ…」
答えを察していたのか、鳥渡と呼ばれた男は短くため息を漏らした。
その息は静寂に吸い込まれるように消え、無言の時間が流れる。
煩雑にロッカーや用具が立ち並ぶ中、傾き始めた陽が鈍く赤に部屋を染めていく。
陸上部の部室はそれほど大きいわけではない。
毎年それなりの成果は出していたが、決め手となる優勝にまではどうしても一歩届かなかった。
そんな中、まだ二年生でありながら、龍之介は校内の記録を次々と塗り替えていった。
期待のホープとして、また人望のある人柄をして副部長を任されるほどになっていた。
しかし、ほんの1週間前に、龍之介は退部届を出した。
部長である鳥渡にも理由は告げられていない。
最初に目を反らしたのは鳥渡だった。
「まぁ、お前は言いだしたら聞かない性格だからな」
「迷惑をかけます」
「もういい。逆に俺たちも龍之介に頼りすぎてたのかもしれん」
手をかざし遮る鳥渡だが、釈然としない態度は変わらない。
「…また一から出直しだな」
また短くため息を付いてから、鳥渡は語気を強めた。
「一つだけ聞かせてくれ…理由は、一体何なんだ?」
真っ直ぐ射抜くような視線に、今度は龍之介が目を反らした。
「…すみません…」
「あの事故が原因なのか?」
返事を終えるよりも早く、鳥渡が質問を続ける。
「………」
大きなため息が沈黙を破った。
「分かった、これ以上は聞かん」
諦めで肩を落とし、鳥渡は龍之介の肩を強く叩いた。
「言える時が来たら話してくれ、それでいい」
そう言って立ち去る鳥渡の後姿を見送り、龍之介は叩かれた肩をさすった。
「痛ぇ」
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